玉葱日記

日本心を授かるということ

言葉として知ること

概念として理解すること

体験を通して痛感すること

それぞれ違います


これまでに書いてきた様々なエピソードなど

これらも、ほとんどの場合


「へ~!そうなんだ」

「面白いね~」


くらいか、または無言でスルーくらいな感じで通り過ぎると思います

いすぽん自身も、世の中にいろんな話題がある中で、そのように対応する場合も

少なからずあります

この日記などにおいて、大好きな言葉として何度も書いてますが


『 体験は神 』


という言葉とその意味…

この場面においてこそ、最も重要な概念になると思います

実際に体験してこそ、心の底から理解する

(でも、想像以上に速攻で忘れるw)

災害の話や、衝撃的な事件などのニュースをTVやネットなどを通して目にして

それらを

「これは酷いね」

「いやぁ大変だね」

などと言って、本気で涙をすることもあるかもしれません

でも、基本的にそれらは画面や紙面の向こう側の出来事であり

本当に「目の前」で起きない限り

本当に自らのこととして起きない限り


具体的な行動


に移行することは、ほぼ無いと思います…

そして、それは決して不思議なことではなく、ある意味当然のことだとも思います

いすぽん自身の場合は

家族の大問題、個人的な問題などが、あるものは眼前に、あるものは内部の奥にありました

でも、それらの多くは、人生のもっともっと後半で向き合うものだと思っていました

結婚などして、子供ができて、家族が増えて、ちょっと落ち着いて、そのへんから…

って、漠然と思っていました…

特に家族の話は、強烈なタブーでしたし、触れることはもちろん

その方面の話題に話がいくことすら、物理的にも心情的にも不可能なので

日々、腫れ物に触るように(たぶん家族全員)、少なくとも私は生きていました

でも

幸運にも(残念ながらw)、そのままでは家族として前に進めないような状況が

見事に設定されました…

これが始まったときには、日本心デザインなどまだこの世に存在しておりませんでした

ただ『いすぽんピアノ』は広まりはじめており、それが大きく影響していたのは

疑いようのない事実です…


家族の不和…と言っても、それらが表面化していた訳ではなかったのです

しかし、それは漠然とですが存在しており

家族全員が直視しないことで、その場しのぎの薄氷を踏む思いでの生活が続いていました

それは、ある意味の諦めであったり、人生の放棄であったり、自らの人生の正当化のはじまりだったのだと思います


「人生なんてそんなもんだよ」

「全部解決できるわけない」

「わざわざ起きてもない問題に向き合う必要なんてない」

「50点くらいの点数で良い」

「家族だって別の人間だよ」


とにかく、自らが家族と向き合えていない現実を正当化するために、日々静かに必死でした

しかし、そのような「見て見ぬふりの生活」というのも、実際は苦しくて

それが例えば、いすぽんが東京で、家族が新潟県などだったりすれば

刺激満載の東京で神経もマヒして、盆正月などに帰省して、取ってつけたような「親孝行」をして、そんな自分に「いや~親不孝ですみません」とか言ってれば

社会的にも、自分の精神衛生上でも、なんとなくOKですw

仮にそんな状況なら、いすぽん自身も間違いなくその型にハマっていたでしょう!

そして、いつの間にか家族も自分も、もはや心底から対話できるエネルギーなど残らないようになり

そのまま終焉を迎えていく流れになっていたでしょう…

そして、墓石とか遺影などに向かって


「父さん…実はね…」


とか言って、ひとりコッソリ涙を流していたのだろうと思います…

なんたるチキン…なんたる軟弱…なんたる親不孝…

私自身も、私の母も、この状況が大嫌いです!って話を何度も母としておりました


ご縁あって家族になっているのは事実です!そして、それ以上に


「子供は親を選んで生まれてくる」


という概念が大好きです。実際に、生まれる前の記憶が明確にあり、それを言葉にして親に伝える子供も、近年かなり多いと聞きますし

いすぽんの友人の子供もそのように伝えてくれたそうです

私自身は(それこそ何度も書いてますが)、私の父親との確執が恐ろしいほどありました

存在を否定するレベル以上の感情が芽生え続けるほど、憎しみ続けていました…

しかし、年を重ねるに従って、そのような憎しみを持ち続けることに疲れ

落ち着いていきました…と言いたかったんですが…そうではなく

憎しむというエネルギーですら、無駄だと感じるようになっていったんだと思います

そう…向き合うことから逃げ始める状態になっていったんです

どうせ解決などできない問題、どうせぶつけても何も起きずに疲れるだけの感情

無駄だから、無視して、テキトーに折り合いをつけさえすれば、問題として表に出ない

そう…これがチキンへの入り口であり、人生の放棄の始まりです…

という予定でいたんです…

だから、結婚などして、年齢を重ねて、幸運ならば…向き合えるかも…

という漠然とした、何の根拠も、何の確証もない「機会の放棄」のはじまり…

という予定でいたんです…

でも、幸運にもそれは許されなかった…というか、いつの間にかそうできない状況になっていました…

ネックになったのは「いすぽん」という存在ですw

国語などの授業を通して、いすぽんさんはどんどん力をつけていって

少なからず、いろんな方々に影響を与えてしまう存在になっていきました

仕事がら人前に出て、いろんな角度から、いろんな方々の人生に触れ

喜怒哀楽様々に経験し、論理的な思考の精度も日に日に向上し続けていきました

そして、その進化の過程で得た論理性や客観的な視点が、当然のように徐々に自分自身の方向に向いてきて


「お前自身はどうなんだ?」


という思いが、当たり前に心に芽生えはじめてしまいました

なぜなら、その視点が欠けている状態で何かを発言しても、それは意味を持たず、何の現実味もないという事実に、当然のように突き当たったからです

私が普段触れているのは学生です…

彼らの目の前に立つということは、発言すること以上にその姿勢(生きる姿そのもの)が見定められる…

自分が学生だった頃のことを思い出しても、また、現時点でも、人を見るとき、その言葉よりも立ち振舞などを自然に見てしまう…

そして、自分勝手に判断をしてしまったりもする…そう…そんなところこそ見られてしまう…

まして…いすぽんにはピアノがある…表現者は速攻ですべてがその楽器を通して、その録音を通してバレてしまう…

この曲がどんどん広まり…

末期癌の方や、人生の終末期の方などから、この曲への感謝の言葉を

涙ながらに伝えられるという経験を何度もしていくうちに

どんどん、どんどん


「お前はどうなんだ?」


という思いの声が、自分自身の心の中で大きくなり、それを否定することはもちろん

もはや、それを秘めて置くことの方が難しい状態にまでなっていきました…

そして

自分の中の心の奥の箱に入っていた感情、思いを、わざわざ引っ張り出して

父親に届けはじめました…


当然ですが、父親はそれをまともに受け止めることなどなく

私自身も、当然小出しだったり、核心の内容以外のことだったりして

少しでも核心の方向に向いていくと、父親の方からハッキリと話題を変えられたりして

その都度、心身共に疲れて


「なんでこんなことする必要があるんだ?もう駄目!もう無理!ってか無駄」


という状態が数年続きました…

それでも、悔しいかな…そんな状況も、そんな父親も、もう無視することすらできず…

何度も何度も繰り返していきました…でも、状況が好転することはありませんでしたし

好転する要素など一切見えませんでした…

状況が少しずつ動いてきたのは、やっぱり「いすぽん」という存在のおかげでした

私自身からではないいすぽんの話題が

家の外から少しずつ私の両親のもとへと入ってきました

私ではない、両親の知り合いなどを通して、いすぽんの様子ややっていることなどが

少しずつ彼らの耳に入って来はじめてから

ちょっとずつ…本当にちょっとずつ…聞く耳を傾けてくれるようになりました

しかし

核心に触れることはまだまだありません…

この時点では、もう核心に触れることは不可能だ…という判断をしてしまいそうでした…

しかし…この後から一気に家族としての大波が襲います…

きっと、その周辺の時点でいすぽん自身の準備が整ったのだと思います

家族の中で、大きな爆発が起きてしまいました…

それは命に関わるレベルであり、いわゆる明確な危機でした

しかし、幸運なことに、そんな状況でしたが、いすぽん自身はある程度頭は回っており

その場その場でなんとか対応していきました

そして、いすぽんの人生を大きく変える行動に、人生で初めて出ることになりました

それは


両親に対して説教をする


という、表面的には親不孝も甚だしいことでした…

何も成し遂げていない自分が、親に世話になってばかりにいる自分が

何をトチ狂ったのか、両親に対して大きな声で説教をしてしまうというものです

もちろんその内容は荒唐無稽なものではなく、家族をひとつにするためのモノでした

別の言い方、伝え方もあったのかもしれませんが

当時は、思いが先にあふれてしまい…そのような伝え方になってしまいました…

そして、それを両親は…驚くほど自然に受け入れてくれました…

それほどまでに危機だったのだと思います


その時期、そのような修羅場的な経験を何度もくぐり抜けて、一気に雪崩式に核心に触れはじめていきました

いすぽんは、堰を切ったように本音を父親に届け始めました…

幸運にも、国語の教師でしたので、伝え方には最大限工夫をして、逃げ道逃げ場を作りながら、しかし包み隠さず、それまで抱いていた思いや苦しみを、何の躊躇もなくすべて届けました


家族が同じ方向を向いてこそ
思いは家族がひとつになることだけ
墓に向かって報告なんて嫌です


これらの内容も、何度も何度も笑顔で伝え続けました

そうしているうちに、父親はクモ膜下出血で倒れました

直接的な要因は「お酒とストレス」のようでした

間接的には、私との対話が大いにあったのだと思います

過去にあったことを、その時の感情と共にすべて伝えるということ

そして、それを受け止めるということは、最高難易度のひとつです

それができる家族って、世界の中でどれだけあるのでしょう?

父は、それを「すまなかったな」と言って、受け止めてくれるようになっていました

そして倒れました…


様々な方々のご協力と、父の生命力の強靭さなどのお陰様で生還し

何の後遺症もなく…どころか

あれっだけ頑なで、昭和の親父代表のような存在だった父親が


「ありがとう」「ごめんなさい」


を、きちんとすべての場面で素直に伝えられるような状態になりました

これ…いすぽんが想定した以上の奇跡です

昭和の親父にとって、この当たり前の言葉をきちんと発するということは、不可能に近いものです…特に家族に対してはほぼ不可能だったりします…

それが、退院後、じょじょにそのような人間性に変化していきました

そう、まさに「左巻き」の状態に適応していったんです

面白いのは

それが成された後に、日本心を授かったということです…

正直、それを授かってから挑みたかったのですが…

それこそ神事の真髄ですが…

それを自ら乗り越えて、その状況を自らの行動で手にしたからこそ

授かったのだと思います

日本心も、火焔土器も、現世利益のアイテムとは程遠いものです

前の日記で書いた通り、手にすることで、お手軽な利益があるものとは程遠いです

むしろ苦しい状況が、何の躊躇もなく目の前にくることの方が圧倒的に多いです

でも

それでも

それだからこそ

解決することができる道に入ることができるのだと思います


神は自らを救う者を救う


いいなあ…みんなは日本心と火焔土器があってw

って

ちょっと(いえ、かなり)思いますw

だって…大違いだもんwきっと

あ、でも、乗り越えるモノは大差ないと思いますw

控え目に言って、地獄ですし、狭き道ですし、先など見えませんし、解決の緒すら見えません…

漆黒の闇の中を手探りで進むような状態で、それが進んでいるのか、後退しているのか分からないレベルの状態が永遠に続くイメージです…

それでも

生きている間にこそすべきこと…自分の中でね…成せて良かったです!


世界平和は家庭から


神謝

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